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空気のふるえ

なかにし礼,著『音楽への恋文』を読む。氏のクラシック音楽への愛が、同じ音楽(違う音楽)好きの僕としては、「分かる、分かりますよ」という感じで(程度は違うでしょうけど)。

コンサートについて、

なぜなら、ほとんどの演奏会がつまらないからである。つまらないなら行かなければいいというのが道理だが、二十回に一回、三十回に一回くらいの割で、相当にいい演奏会に接触できるから困るのである。そして、百回に一回くらいの極めて少ない確率で、とんでもない事件のような感動をうけるときさえあるからなお困るのである。

と書かれているのには、大いに勇気づけられる(?)。僕は、クラシックのコンサートには合わせて10回も行っていないけれど、すごく感動したのは1回(ブーレーズ指揮/グスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラ)だけで、3万円(!)もしたコンサート(バレンボイム指揮/シカゴ交響楽団)で失敗してからは、バカらしくて(ほとんど)行かなくなってしまっていたのだなー。でも、こんなもんなのね。

音楽は空気のふるえである。音楽を聴くということは、楽器がうなってふるわせた空気の中に身を置くということにほかならない。

僕が、オーディオで大きな音を出したいのは、この「ふるえ」を体感したいからなんだろうなー。

クラシック音楽を聴くことによって、ぼくは自分の精神の老化を知り、不健康を知り、また健康であることを知る。クラシック音楽を聴くことによって精神が生き生きとよみがえる。今後のチェックポイントを知り、志を正しく持ち続けようと思うのだ。

僕の場合、クラシック音楽だけじゃない(というよりそれ以外の方が多い)けれど、僕もそう思いますです(!)。

と書きつつ、耳の調子がよろしくない今日この頃。。

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