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瑣末主義


美術館、それもきれいな建物に、このマットはないでしょう。と思うのは、僕のような瑣末主義者(笑)くらいなんだろうか。(写真:横須賀美術館のトイレ入口)

トイレ案内の張り紙(他の張り紙も含む)にしても、ちゃんとデザインされていない。もしかして、何かのっぴきならない理由があるのかもしれないし、偶然この日だけこういうことになっていたのかもしれないけれど、僕なんかは、単にコンセンサスがとれてないんだろうなーと思ってしまう。

そして、例えばこの場合、建物にお金をかけて立派なものを作っておきながら、こういう意識の低さを垣間見ると、「もったいない」というか、それを通り越して「怒り」に近い感情が芽生える。

僕がいいなーと思った美術館とか、それに類するような施設(直島とかYCAMとか)は、上のようなことはなかったように思う。少なくとも僕の目には入らなかった。そこには、コンセプトを共有し、共感しているスタッフがいた(ような気がする)。

これは、プロダクトやデザインにも言えることで、せっかく素敵なデザインなのに、ロゴマークがどーんと無遠慮にあったり(そもそもそのロゴ自体がひどかったり)、材質が安っぽかったり。なんというか「イケメンに鼻毛」的残念感なんだなー。

大事なのは、コンセプトの共有と共感。自戒を込めて。

あと、大局を見るというのは、おぼろげに全体を見通すことではなくて、全部に神経をとがらせて把握することなんじゃないか。もしくは、そういうシステムを構築することかもしれない。

というのが、昨日考えたこと。

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