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世迷い、再び。。(しばらく更新が停滞するかもしれません)
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Archive: Diary
世迷い、再び。。(しばらく更新が停滞するかもしれません)
村上春樹さんが昔、ジャズ・バーをしていたというのは、有名な話。どうしてジャズ・バーかというと、
そりゃ朝から晩までレコードを聴いていられるからですよ。会社勤めなんかしたら、忙しくて一日一時間も聴けないでしょう。店をやっていれば仕事をしながら一日音楽を聴いてられる。僕としてはそういう人生を送りたかったんです。
だそう。
僕としてもそういう人生を送りたい。(続くかも…)
もう一週間経つのか。よかったなー、大仏。
僕のいとこに、禅宗のお寺の住職さんがいるのだけれど、祖父の葬式のときに、彼のお経を聴いて「なんて美しく力強いのだろう」と思った。感動的だった。内田樹さんがブログで「言葉」と「いいたいこと」の話、『先行するのは「言葉」であり、「いいたいこと」というのは「言葉」が発されたことの事後的効果として生じる幻想である』と書いておられたけれど、こういう一般的に言われているような方向とは逆、つまり、「何か魂に心地よいお経」、そして「美しく巨大な仏像」から、仏教のファンになってもいいのかもしれないと思った。「ありがたい教え」は後からついてくるでしょう。
内田さんの仰ることはまだうまく理解できないのだけれど、こういう考え方も知っておくと、脳がうりうりと動いていいかもしれない。
「~だから」→「嫌い」ではなくて、「嫌い」→「~だから」という方向性、後付する意味、そういうことを、そういえば柄谷行人さんが言っていたような。
というわけで、脳に刺激を与えようと、昨日は、インテリア ライフスタイル展、映画『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』を観る。帰りに、福岡伸一,著『生物と無生物のあいだ』だって買う。
ゲーリーさんのグニャグニャした建築には、もともと興味を持てなかった、というより理解できなかった。「良い」とか「好き」の前に、「?」が頭をよぎっていたのだ。映画(ドキュメンタリー)を見ても、なぜあの形になるのか、ということは結局わからなかった、というよりも、頭が真っ白になりそうになりながら、ただただ受け止めようとするだけで、いっぱいいっぱいだった。
結局、彼は天才で、僕は彼の建築を体験するしかないのだろう。
遅ればせながら、池谷裕二・糸井重里,著『海馬』を読んだのだけれど、これは脳について非常に分かりやすくて書いてあって、でも、文中で池谷さんが仰っているように「通俗的なサイエンスライターのように、わかりやすくするためだけに枝葉末節をバッサリ落としてしまう…」ということはなく、つまり、いい感じの入門書。(ほぼ日でほぼ読めます)
「脳は疲れない!」とか「30歳を過ぎてから頭は爆発的によくなる」とか、すこぶる勇気づけられる。脳に刺激を与え続けることが最善の道なのね。
上の写真。サルの神経細胞が反応する図形特徴なのだけれど、これを見て、セグロカモメの話をまた思い出し、「シンプルってこういうことだよね」とひとり納得するとともに、逆方向、つまり、膨大な情報量に対しての快感とは何か、ということを考える。
にゃらん、かわいい。