馬車馬のごとく
9月16日に、渋谷慶一郎+池上高志/「filmachine(フィルマシン)」、10月4日(前後)に、大阪行きと決まったので、馬車馬のごとく働かなければならないのだよ。
写真は全然関係なくて(笑)、九十九里浜の海の家。色の配色がきれいだなと。
Journal
Archive: Diary
9月16日に、渋谷慶一郎+池上高志/「filmachine(フィルマシン)」、10月4日(前後)に、大阪行きと決まったので、馬車馬のごとく働かなければならないのだよ。
写真は全然関係なくて(笑)、九十九里浜の海の家。色の配色がきれいだなと。
今日は、Sea Change Tour 2006 ということで、九十九里浜に行ってきた。とても美しい時間だったのだけれど、写真にもその美しさがしっかりと写っていたことが嬉しい誤算。
来年は、どの海に行こうか。
先日の、甲野善紀さんの動き、意識して(というか現代的に普通に)動くと、身体の動きにヒエラルキーができて、例えば、それが「腕」主導の動きなどになるのだけれど、なるべく一点に意識せずに動くと、身体が全体で動くようになるということを見ていて、猿の群れの話を思い出した。
猿の群れは、人の手によって餌付けされると、その群内にヒエラルキーが起こるそうだ。いわゆるボスザルの成立だ。しかし、餌付けされていない自然な状態の猿の群れでは、ボスザルというのは存在しないかのような、全体が全体として動くような組織であるらしい。例えば、どちらの方向に行くかというようなときは、若い猿たちが何となくそちらの方へ動き出し、それに群れ全体が呼応するように動き出すというようなことらしい。(確かニホンザルの話だったと思うのだけれど)
そして、不確定性原理とも何かしら共通点があるように思えてくる。意識して何かをすれば、、、
家で働くようになってからは、1日10枚くらいのCD(やLPなど)を聴いているのだけれど、ここ2ヶ月間ほど毎日のように聴いているアルバムがあって、それが、MORENO+2の『Music Typewriter』。
なんというか、バランス感覚が素晴らしいのだな。距離感というか。ミックス感覚というか。アート・リンゼイが好きな人は、好きなんなんじゃなかろうか。というか、僕がアートを好きなのも、こういう感覚なのかもしれない。
今年の5月にリリースされた、KASSIN+2 の『FUTURISMO』を聴くまでは、ブラジル(MPB)新世代についてはシラヌゾンゼヌだったのだけれど、6月に、Moreno-Domenico-Kassin+2 のライブを見たりなんかして、「うーん、MORENO+2 と DOMENICO+2 も好きそうかも」と思ったりして、その後、友人に貸してもらい、見事にハマる。
2001年に、こんな音楽があったとは。んーむ。DOMENICO+2(2004年発売)の方はもうちょっとコアな感じだけれど、こちらも大好き。というか、完璧にハマリマックス中。
昨日は、構想日本 J.I.フォーラム『古武術とクオリア』、つまり、甲野善紀(武術を基盤とした身体技法の実践研究者)×茂木健一郎(脳科学者)に参加。
甲野さんの「科学(至上主義)批判」に対しての、茂木さんの「真の科学はそうではないですよ」的弁明。もっと刺激的な論戦が聞けるかと思いきや、終始、お互いに視線(論線?)を合わせないというか、微妙にズレ合っていて、後味悪し。といっても、興味深い話ももちろんあって、アマチュアリズムの重要性とか、デカルト、カント、ニーチェなんかは社会に対する個人的な主張であったとか、武術の「型」と「真の科学」はある意味同意であるとか。んーむ、第三者としての司会がいれば、もっと話がまとまっただろうに。
甲野さんは、現代の科学(至上主義)社会を批判し続けているけど、僕は、やはり経済が悪の根元だと思うのだ。早くスタートレック的24世紀が来ないかしら。
明日の、シンポジウム『意識の進化』に行くべきか。池上さんの話は聞いてみたい。
複雑系、もうちょっとちゃんと理解したい。