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Archive: Audio

KP-1100

kp1100

うふふ。

(詳しくは、仙台から戻って来たら書きます。日曜夜、もしくは月曜に。おお、こんなにも違うものなのか!)

The Beatles / LOVE

beatles_love

ビートルズ『LOVE』のサラウンドは、こんなにも素晴らしいものだったのか。今日の今日まで、さっきまで気が付かなかった。。

というのも、リアスピーカーの音量設定に問題があって、今までは他のソフトと同じようにリアはちょっと小さめで聴いていたのだけれど、今日(打ち合わせ兼)遊びに来ていた human record・K君の「後ろ(のリアスピーカーのヴォリュームを)ちょっと上げていいですか?」という発言により、化けたのだった。リアにも、もの凄い量の情報が入っていたんだなー。(K君、ありがとう!)

いや~、まさに圧倒的。僕の中でのサラウンド御三家、ビョークもベックもコーネリアスも吹っ飛んでしまった。。

良いライブを観た後に来るあの心地よい疲労感に浸りつつ、後は、ただ「凄かった…」と惚けるのみ。

理想→形態→

nautilus

初めてこのスピーカーを雑誌で見たときは、まだオーディオマニアでもなんでもなくて、直感的に恣意性を感じ、「わざわざこんな形にする必要性がどこにあるんだ!」と思ったことを覚えている。

ところが、その数年後、このスピーカー、B&W社の Nautilus は、「理想の音を追求した結果」の「形」であることを知る。「形態」が「機能」に従ったのだ。(詳しいことは書きませんが、このスピーカーは車で言うとF1みたいなもんです。)

この事実を知った後に、僕の態度はコロっと転がり(笑)、ノーチラスは憧れのスピーカー、一度は聴いてみたいスピーカーになったのでした。

そして月曜に、念願かなってこのスピーカーの音を聴くことに。まさにノーチラス(オウム貝)のような異様な形、その無視することのできない圧倒的な存在感と対峙する。ところが、音が出た瞬間、音楽が始まった瞬間、ノーチラスはその存在を消し、そこには音楽があった。

あまりにも自然な音の出方(まさにストレスフリー)、スピーカーが消えるというのはこういうことか!

「理想の音」を出すために作り出された「形」が、生物っぽい姿になったことにも興味をそそられるし、なによりもその「結果」が見事なまでに音に昇華されていることに驚いたわけです。(もちろん使いこなすユーザーの力量にもよりますよ。)

さて、それでノーチラスは完璧なスピーカーかというと、ある意味完璧なスピーカーではあるけれど、これがとても「扱いづらい」、つまり「使いにくい」のだ。ものすごくデリケートにできているし、スピーカー1本につきパワーアンプだって4台もいるし。

それが思想的にであれ、機能的にであれ「理想」を「形」にすると、それらは総じて「使いにくい」ものになってしまうのだろうか。すぐにでも反論できそうな問いだけれど、今のところの僕には思いつかないのだなー。

ルール

土曜に、コンデンサー(さらにトランス?)・エバンジェリストのIさん宅の音を聴かせていただき、日曜に、山口孝氏講演会@スタジオK’sにて、燃える魂に触れ、月曜に、音と戯れる会・西の横綱、Oさん宅の音を聴かせていただく。本当に濃厚な3日間だった。

オーディオのノウハウ的なことも、もちろん多く学んだけれど、それよりも音楽の聴き方・接し方について、より多くのことを学んだような気がする。

もちろん、学ばなくとも「分かる」音楽もたくさんあるけれど、自分がよく知らないジャンル(アーティスト)の音楽を聴くということは、ルールを知らないスポーツを見る行為に似ているところがあると、僕は思っていて、そこに解説者という優秀な媒介を挟むことによって、見えない動きが見え(聴こえ)、それらの目指すゴールが見えるようになる。

素晴らしく調整されたオーディオで連日音楽を聴かせていただいた僕は、さぞ自分の音に落胆するかと思いきや(もちろん実質的な音のクオリティにはがっかりしても)、むしろ音楽の聴き方のレベルが上がったことにより、より細かいニュアンスまで捉えることのできる“耳”を得たのであった。

そうして、僕のオーディオ・レベルは確実に1つ上がった。

(untitled)

070407

昨日は東陽町、今日は御茶ノ水、明日は大阪と、オーディオ3連戦! ということで、詳細は火曜日以降に書きます。