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神長官守矢史料館



昨日は、同居人の久しぶりの休日(つまり今日は働いている)だったので、得意の「車でどこかへ行きたい」ということになり、どこか涼しいところへ、長野の蓼科中央高原へ行こう、ということに。

2,000メートルを超える高さの高原(山?)を車でビュンビュングイングイン疾走。新鮮且つ涼しい空気がなんとも気持ちよいことに。

で、ついでに、その前後に、神長官守矢史料館(藤森照信設計)と小海町高原美術館(安藤忠雄設計)へ行く。

で、上の写真が、神長官守矢史料館。展示品も含め予想以上に素晴らしいところ(!)。歴史的・土着的(?)なテクスチャーによって、そんな雰囲気が醸し出されている建築だけれど、構造(立方体に倒したショートケーキをぶっ刺したような構造)は現代的、ということに、実物を見て初めて気が付く。さすがは藤森先生。かわいくてノスタルジーなだけじゃなかったんですね(当たり前ですね)。

それと、一番上の写真(史料館手前のスペース)の奥に見える“ほこら”とその前の空間がまた素敵。日本的な“神”の存在をうっすらと感じつつ、しばしぼーっと涼んだり。

つづく。

not BGM

下の下のエントリーで書いた iPod touch + Remoto ですが、実は、書いた次の日から使うのをやめていまして。

理由は複数あって、ときどき「音が途切れる」ことや「ノイズが入る」こと、iPod touch の「バッテリーの消耗が激しい」こと、など。そして、一番の大きい理由は「音質がよくない」こと。

Remoto を使うことで音質が悪くなるのか、についてはよく分からないけれど(だいたいノイズが入ることが怪しいけれど)、そもそも、僕の仕事時のBGMは、BGMではない(!)、というインポータントなことに気が付く。

電話の度に「音を小さくしなきゃ」というぐらいの音量で聴いているわけですよ(笑)。バックグラウンドじゃなくて、(音質を含め)ちゃんと聴いちゃっているわけです。

「良い音楽」を「良い音質」で聴く → 気分高揚 → 良い仕事ができる、という図式。僕の場合。

メンタルな部分は、すごく仕事に影響する(と思う)。

App Store > Remoto

t

iPhone 3G じゃありません、iPod touch です。しかも、同居人のです(笑)。表示されているのは、touch 内の iTunes のプレイリストではありません、ここ(座っている場所)から 4m ほど離れたところにある G4 Cube のプレイリスト。
そうなんです、遠隔操作できるんです(!)。

iPhone は月額料金がちょっとあれなので、買えないので、でもちょっと悔しいので(?)、App store を見ていたら、Remoto を発見(!)。しかも、無料じゃないですか(!)。

ということで、さっそく(勝手に)インストールして試用中。ネットワーク上の iTunes を遠隔操作しまくり。

今までは、例えば電話がかかってくる度に、(アンプのリモコンがここからは届かないので)席を立ってちょいと歩いてリモコンで音量を下げる(電話が終わればまた同じような作業)、ということをやっていて、一時期本気で Apple Remote Desktop を導入してやろうかと思っていたほど(?)面倒だったのだけれど、この問題も touch + Remoto のおかげで無事解決。

再生アプリが iTunes に限られるけれど、仕事中のBGMだから問題ないし(ないか?)。

とにかく、よかった、よかった。

暑中見舞い

日々受注的なデザインの仕事をしていると、それはそれでクライアントの要望にしっかり応えられるともちろん楽しいのだけれど、デザイン的ストレス(?)がたまる。つまり、自分の理想とするグラフィックと、仕事が求めるグラフィックとの間の、解離性ナントカなわけです。

というわけで、今日は、マイ“暑中見舞い”のデザインでストレス解消(笑)。先ほど入稿。お金をかけていられないので色校なしの一発勝負。どんな感じに上がってくるか、今から楽しみ(失敗しても誰にも責められないから気楽だし)。

というわけで、7月中にはみなさんに届くと思われます。いらないかもしれませんが、もらってやってください(笑)。

テニスとデザイン

遅ればせながら、ウィンブルドンの話。フェデラー vs ナダル。いやー、すごい(!)。間違いなく歴史に残る決勝戦。4時間48分(でしたっけ)の死闘。 朝方までしっかり見てしまう(月曜の話ね)。

今回のウィンブルドンを見ていて印象に残ったのは、フェデラーの試合のときにだけ(?)使われていた「デザイン」という言葉。テニスの試合で、実況の人が「デザイン」という言葉をどれくらい使うのかは“にわかテニスファン”の僕には分からないけれど、とにかく、フェデラーのテニスを形容する言葉として、「デザイン」という言葉がとても「しっくり」くると思えたのだなー。

でも、その長き(5連覇)に渡ってウィンブルドンを支配してきたデザインテニスが、ある意味(ある意味ね)「力業」なナダルに負けてしまうわけです。デザイン敗北(笑)。

そんなことを考えていると、じゃーデザイン界に置き換えてみるとどうなんだろう、という無茶な想いが出てくる。昨今のデザイナーって、よく考えられていて、洗練されている、非常に“うまい”人が多いと思う。それらの頂点に立つようなフェデラー的なデザイナーもいると思う。でも、ナダル的なデザイナーって果たしているのだろうか。昔で言えば、亀倉雄策のような、エミール・ルダーのような。もちろん洗練されているけれど、それ以上に「力強い」デザインが。

という、いつもなら消してしまうような妄言を載せてみる(笑)。