Iさん&Oさん宅で聴いた、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番『皇帝』が忘れられず、虎の子のタワレコ・ポイントカードを使って入手(写真右)。
これは、いわゆる普通の『皇帝』ではなくて、
第1・第2ヴァイオリン各1本?! 総勢20人の“フル・オーケストラ”?! この編成にして可能な細やかな表現、この編成とは思えぬ“破壊力”! 初演時のオーケストラを再現した、前代未聞の『皇帝』&第4番!!
というわけです。(詳しくは、こちらのページ後半を参照ください。)
初演時はこんな感じだったのかもしれないという興味も、もちろんあるけれど、僕が欲しかった理由は、「聴いていて気持ち良いから」に尽きる。「一体感」と「躍動感」。室内楽っぽいというより、僕の感覚でいうと“バンド”っぽい。(ティンパニの「ドンドコドーン!」がたまらない!)
で、『皇帝』を買って、上りのエスカレーターに向かって歩いていると、つい見つけてしまったのが、ジョアン・ジルベルト『ライヴ・アット・ザ・19th・モントルー・ジャズ・フェスティバル』(写真左)。ジョアンのファンとしては、(お金はないが)買うしかないでしょ。。(あのイラストは福田繁雄氏だったのか。)
で、『モントルー』を買って、(もうお金がないので帰ろうと)下りのエスカレーターに向かって歩いていると、今度は、パブロ・カザルスのDVD-Rを発見! 動いているカザルスをあまり見たことのない僕は、かなり興味を惹かれるが、さすがにこれは断念。。
やはり、レコ屋は恐ろしいところです。しばらく近づかないようにしないと。。
土日ともに朝5時起きとハードだったので、今日はスローダウン。。
猫と音楽、読書にコーヒーといこう。
うふふ。
(詳しくは、仙台から戻って来たら書きます。日曜夜、もしくは月曜に。おお、こんなにも違うものなのか!)
ビートルズ『LOVE』のサラウンドは、こんなにも素晴らしいものだったのか。今日の今日まで、さっきまで気が付かなかった。。
というのも、リアスピーカーの音量設定に問題があって、今までは他のソフトと同じようにリアはちょっと小さめで聴いていたのだけれど、今日(打ち合わせ兼)遊びに来ていた human record・K君の「後ろ(のリアスピーカーのヴォリュームを)ちょっと上げていいですか?」という発言により、化けたのだった。リアにも、もの凄い量の情報が入っていたんだなー。(K君、ありがとう!)
いや~、まさに圧倒的。僕の中でのサラウンド御三家、ビョークもベックもコーネリアスも吹っ飛んでしまった。。
良いライブを観た後に来るあの心地よい疲労感に浸りつつ、後は、ただ「凄かった…」と惚けるのみ。
初めてこのスピーカーを雑誌で見たときは、まだオーディオマニアでもなんでもなくて、直感的に恣意性を感じ、「わざわざこんな形にする必要性がどこにあるんだ!」と思ったことを覚えている。
ところが、その数年後、このスピーカー、B&W社の Nautilus は、「理想の音を追求した結果」の「形」であることを知る。「形態」が「機能」に従ったのだ。(詳しいことは書きませんが、このスピーカーは車で言うとF1みたいなもんです。)
この事実を知った後に、僕の態度はコロっと転がり(笑)、ノーチラスは憧れのスピーカー、一度は聴いてみたいスピーカーになったのでした。
そして月曜に、念願かなってこのスピーカーの音を聴くことに。まさにノーチラス(オウム貝)のような異様な形、その無視することのできない圧倒的な存在感と対峙する。ところが、音が出た瞬間、音楽が始まった瞬間、ノーチラスはその存在を消し、そこには音楽があった。
あまりにも自然な音の出方(まさにストレスフリー)、スピーカーが消えるというのはこういうことか!
「理想の音」を出すために作り出された「形」が、生物っぽい姿になったことにも興味をそそられるし、なによりもその「結果」が見事なまでに音に昇華されていることに驚いたわけです。(もちろん使いこなすユーザーの力量にもよりますよ。)
さて、それでノーチラスは完璧なスピーカーかというと、ある意味完璧なスピーカーではあるけれど、これがとても「扱いづらい」、つまり「使いにくい」のだ。ものすごくデリケートにできているし、スピーカー1本につきパワーアンプだって4台もいるし。
それが思想的にであれ、機能的にであれ「理想」を「形」にすると、それらは総じて「使いにくい」ものになってしまうのだろうか。すぐにでも反論できそうな問いだけれど、今のところの僕には思いつかないのだなー。