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オーディオメモ

ここ2週間のオーディオメモ。実験と検証、推論と実行。この行為を楽しめるかどうか。それがマニアとの分かれ道(僕にとっては苦行・笑)。

まずは、スピーカーケーブル。オルトフォンのSPK-3900(¥1,890/m)から、AETのSP-400(¥2,520/m)に変更。最初、解像度も上がり、高域も低域もより出る方向だったので、採用(!)かと思いきや、日が経つにつれて何となくぼんやりとした傾向に。解像度もあるし、空気感もあるのだけれど、音の芯みたいなものが希薄(あくまでも僕の環境下では)。ということで、元に戻す。

元に戻すが、何となく納得がいかない。オーディオは不可逆。例えオーディオが変わらないとしても、僕が変わる(AETの解像度と空気感を聴いてしまったからだろう)。そこで、またスピーカーの位置をいじり始める。ある線を境に、音の締まりは良いがなんだか詰まった感じ/響きは良いがちょっと軽い感じ、というダブルバインドに陥る。

スピーカーを前後すること数日、試しに発売したばかりのオーディオ・ベーシック誌付録のオーディオ・チェックCDをかけてみると、50Hz前後にピークがあることが判明(!)。なるべく収まるように、色々と対策。スピーカーの下にボードを再び敷いてみたり、吸音拡散板の後ろにさらに吸音材を忍ばせてみたり、などなど。
そして、もうひとつずっと気になっていた電源問題についても着手、新たに電源タップを導入してみることに。というのも、引っ越して以来、ケーブルの長さが足りなくて全てのオーディオ機器の電源が1つの電源タップに入っていたから。これはよろしくない。でもお金がない、そうだ自作しよう、でも知識がない、ということで、オヤイデの電源タップキットを買い、初めての自作(堅いケーブルと戦いながら)。

電源タップを導入。なんだか音が緩い(?)。全体的に、というより音の芯が響いているような。自作のため、何か間違っているのかも、という不安がよぎるが、エージングで良くなるだろう、ということにして寝たのが昨日。

今朝、やはり何か変。ちょっと気になっていた、タップの後ろにくっつけていた地震用粘着性震動吸収材(?)を剥がしてみる。すると、音が激変(!)。珍しく同居人も同意するほど音が良くなる。音が「開けた(ひらけた)」というのがもっと近いニュアンス。

堅いケーブルに対してタップがあまりにも軽かったので、変な方向に向かないように粘着性震動吸収材(振動を吸収するから音にも良いだろう)を付けていたのだけれど、こんなことでこんなに変わるものなのか。うーん。

というわけで、ようやく安心して音楽に浸れる、はず、今度こそ(笑)。

現実≠生のデータ

私たちは感知したものをそのまま目にするのではない。感知したと思うものを見る。意識上に上るのは解釈であって、生のデータではない。意識されるはるか以前に、無意識のプロセスによって情報が処分され、その結果、私たちは一つのシュミレーション、一つの仮説、一つの解釈を目にする。しかも私たちに選択の自由はない。

トール・ノーレットランダーシュ,著『ユーザーイリュージョンー意識という幻想』より。意識に“上る”っていう表現より、“下る”っていう気分。

私たちの経験する事柄は、意識される前に意味を獲得している。

同上。「現実とは、一つのシュミレーション」。忘れがちだけれど。

座喜味城跡



首里城には行けなかったけれど、座喜味城跡には行ってきたのだった。そういえば。リアル・ドラクエっぽくて(?)、ちょっと楽しい。

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今日は、眠子の誕生日。7歳(人間でいうと55歳らしい)。アダルトからシニアへ。長生きしろよ。

撮影:同居人